終戦前夜の悲劇

熱い夏の盛り、毎年8月15日前後に
テレビに登場するお決まりのシーンがある。

原爆投下のシーン(きのこ雲が明瞭な長崎の映像が多い)に続き、
「朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ…」という「玉音放送」をバックに
焼け野原の東京の映像が流れる。



原爆投下のあと、すぐ終戦になったという
イメージを持つ人も少なくないでしょう。


昭和20年8月14日、日本は「ポツダム宣言」受諾を決定、
昼過ぎには天皇による「玉音放送」の録音も終えた



しかしながら、米軍は爆弾の在庫一掃を図った。
14日、正午前後から山口県の岩国を爆撃、
山口光市、大阪、神奈川小田原、群馬伊勢崎を次々と空爆。



そして、夜の10時半頃から

翌15日未明の3時半頃まで秋田の土崎港を

B29 132機をもって3波に渡って空爆しました。






日本石油秋田製油所が目標でしたが、
住宅地にも爆弾は降り注ぎました。
投下された爆弾は12000発

住民の犠牲者は250人を超えています


B29に積んだ爆弾の残りを全部投下していったとも言われています。


土崎を爆撃した第315飛行隊には、
いったん日本の「ポツダム宣言」受諾と戦争終結の情報が入り、
爆撃中止の指示があったが、
なぜか「続行」命令が下ったそうです




この「土崎空襲」を追悼する式典が14日
土崎港の「セリオン」で開かれ、
100人以上の市民が犠牲者の冥福を祈りました。


土崎地区の小中学生10人が、
自ら調べたり、祖父母から聞いたりした空爆の惨状を
作文にして読み上げました。

その中の一人、中学一年の石郷岡叡さんは
「戦争はダメ、ゼッタイ」と題した作文を披露。

「おぶっていた子供を振り返ると、
爆片のために首が飛んでいた」

という、母親の話を紹介、
「地獄のようだったと思う」
「戦争は人の未来を奪ってしまうもの。
戦争はダメ、絶対にダメ!」

と訴えました。



式典会場近くの廊下では、土崎空襲を伝える当時の写真や新聞、
爆弾の破片、米軍機の模型などが展示されていました。


空爆を知らない世代が増え、
当時を知る人の高齢化が進んでいます。
記憶の風化が一番恐ろしいと、
追悼式典の主催者は言います。

来年の夏を目標に、「土崎空襲」の資料の
常設展示施設を作ろうとしています。





んだば





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この記事へのコメント

2006年08月15日 18:03
このお話は 恥ずかしながら 知識不足でした。
終戦のイメージが テレビの映像を繰り返し見続けることで 自分の中に出来上がっていたのですね。
これも 一つの情報操作でしょう ラジオから天皇陛下の 「耐えがたきを耐え・・・」という 雑音の入った放送が流れ 国民は 心のどこかで ホッとし、その晩からは 灯火統制がとかれて 明るい光が戻ってきた。
そう思ってきました、秋田で 在庫一掃の爆撃が行われたこと 忘れません。
2006年08月15日 18:45
秋田の空襲を含めて、日本各地の空襲の事は知らないのです。ゴメンなさい。
あの時の今日も…、灼熱の暑さでしたよ。
焼け野原の中で、我家の焼跡整理に汗を流していました。
戦争が終わっても電灯は無く、夜は真っ暗闇…でした。石器時代の生活を体験したと思います。
2006年08月15日 20:21
近代の戦争は,無防備な市民を巻き込みますから,反戦・非戦の声が高まるのも当然なのです。でも戦争当事者には届きません。今のレバノンがそうですよね。
ですからいつも,住民を巻き込まなかった関が原の戦いを引き合いに出して話します(ひょっとしたら間違っているかも)。
★なまはげ
2006年08月15日 21:05
☆+あいさんへ
 終戦を知っていながら、日本各地に空爆を行った米軍の行動を、戦争の名の下の犯罪行為だと訴えられない悔しさはあります。こんな意味のない殺戮があったということを知っていただいただけで充分です。
★なまはげ
2006年08月15日 21:09
☆モグラさんへ
 当時は情報もなく、ただ目の前の状況を乗り越えるだけで精一杯だったのでしょう。日本各地どこも悲惨な状況だったそうですから。こんなことがあったんだということを判っていただいただけでも、今日の記事の目的は達せられたような気もします。
★なまはげ
2006年08月15日 21:15
☆閑客さんへ
 そうですね、誤爆と称して無差別な殺戮が繰り返されています。戦争当事者同士だけならしょうがないとしても、一般市民まで巻き添えにしてしまうのはいかがなものでしょうね。
 その点は、昔の戦国時代の戦いぶりは住民の巻き添えだけは避けたのでしょう。今の世界ではそのような形は取れないのかな?
2006年08月15日 22:05
昨日から今日の夕方まで、高熱が出てひっくり返っていました。
ゆうがたのNHKの放送を見ていて、若い人たちの靖国神社・首相参拝に賛成が多いのに驚きました。彼らは、戦前の天皇制政府が今日のような民主的国家だと言うことから戦争を肯定的に見ていることにも驚きました。
歴史教育で、これほどまでに人間は作られていくと言うことでしょうか。
★なまはげ
2006年08月15日 23:34
☆Tatehikoさんへ
 昨日ご訪問がなかったので、心配していました。お身体は大丈夫ですか?無理しないでくださいね。
 最近の若い世代は「戦争をまったく知らない世代」になっています。その時の時代背景など想像もつかないのではないでしょうか。「戦争を知らない日本人」と「戦後を知らない中国人」では外交が上手くいくはずはありません。教育一つで歴史認識は変えられます。
コマチ
2006年08月16日 09:38
祖母がよく土崎の空襲の話をしていました。
ついででしょうけれど横手も爆弾落とされたそうですよ。
たいした被害ではなかったようですが
そういう恐怖にさらされた記憶というのは
なかなか忘れられないもののようです。
夕べ寝入りばなに母から電話がきて
延々、日中・日韓の関係やら靖国やらの話をされ
軽くイラッときました。
私も戦争をまったく知らない世代です。
その母も戦後しか覚えていない世代です。
風化させてはいけないのはもちろんだと思いますが
今を生きる、これからを生きることを
考えることも必要なのではないかなあと思います。
★なまはげ
2006年08月16日 15:12
☆コマチさんへ
 横手にも落ちたのは、母から聞いて知っていました。横手の空が真っ赤になったと言っていました。
 米軍のこんな卑怯な空爆は犯罪として裁かれるべきでしたが、残念ながらそのようにはなりませんでした。このような行為を今後起こさないためにも、反面教師の事件として後世に伝えていかなければ行けないと思います。

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