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zoom RSS 蛇の崎橋

<<   作成日時 : 2008/01/12 17:01   >>

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「山と川のある町」横手。
横手城のある小山から横手の町を見ると、
ぐるりを奥羽山脈が取り巻き、
横手川が大きく蛇行しながらとうとうと流れています。
足元に流れている横手川には大きな「蛇の崎橋」が見えます。
画像
この橋は日本百名橋にも選ばれている美しい橋で、
横手のシンボル的存在でもあります。
 
古代、蛇は万能の神でありました。
蛇は脚もないのに地上・水中を動き回り、
冬眠・脱皮・子の誕生・成長を繰り返します。
その生命力に、古代人は蛇を祖先神として、
火の神として、水の神として崇拝し、
龍思想が伝来するまで万能の神として畏怖していたようです。
 
蛇の崎の由来を菅江真澄は、雪の出羽路に
「むかし、渕に水蛇(みおろち)が住んでいたと言われている。
後三年の役のとき綱で所々釣った柴橋を義家将軍が渡っていると、
清原方の兵が橋の綱を一度に切り落とした。
義家将軍は岸の蛇籠(じゃかご)につかまり助かった。
それで蛇籠の崎と言っていたが、
今では略して蛇の崎と言うと土地の人が語った」

と記しています。
 
渕の水蛇、橋を釣る綱は藤の蔓、蛇籠と古代の神聖なキーワードが羅列されています。
蛇の崎とは古くは神聖な地であったということでしょう。
 
「そんた!蛇なの」と怒る前に正月行事をみてみると、
門松、お供えの餅はトグロそのもの。
蛇の交合がしめ縄であり、大綱引だ。
これらが古代蛇信仰の名残でなく何でしょう。
 
古代人の生命力への憧れが赤まむし粉末やドリンクで現存しているのも面白いものです。
 
古代西洋でも、蛇は水の神であり豊穣の神であり、医学や商業の神でもありました。

―渕や橋は異界への入口、天や地への架け橋―
 
蛇の崎渕が御嶽山(おみたけさん)の塩湯彦の神とつながっているとの伝説は、
渕から温泉が湧いていたからです。
御嶽山の温泉が杉沢川や吉沢川に流れこみ、
寒冷の地なのに米がよく獲れたのです。
 
長者伝説が数多く残されているのも、
清原氏が古代東北の覇者になったのも、
御嶽山の温泉が大きな役割を果たしていたからなのです。

橋は神を招き、神の意志をきく場所。
蛇の崎橋で神から大力を授かった伝説も有名です。
画像 
横手公園本丸跡の秋田神社前に、
「妹尾兼忠之碑」が建立されています。
石碑に『大力無双』と顕彰されているように、
大力ぶりは江戸にまで知れ渡り、
講談師は横手で実際に見てきたように語り、
小泉八雲は「梅津忠兵衛のはなし」の題で怪談・奇談に書いています

 

むかし、佐竹様が水戸から久保田に移られた時、
茂木百騎と言われる武士団の中に、妹尾五郎兵衛兼忠という青年武士もいて、
横手に住居(すまい)することになった。

ある朝のこと。「今日がら 朝まの勤めだど。遅れれば武士の恥だ」
五郎兵衛あわてて起きて、身支度をすると急いで家を飛び出た。
 
「ありゃ、おかしなや。誰も歩いてね」
五郎兵衛は時刻を間違え、家を早く出てしまったのに気づいた。
 
蛇の崎橋まで来たら、向こうの方から赤子(ぼんぼこ)抱いた女が歩いて来る。
「こんたに朝早くがら何したべ」
知らんぷりして通りすぎようとしたら、女の人は五郎兵衛の顔を見て、
「申しわけねす。してあっこの間(少しの間)、
この童こどご、抱えででたんせ」
赤子を差しだした。
 
「誰か通る人えねがや」あたりを見ても人っこ一人通らない。
五郎兵衛、仕方なくごつい手で赤ん坊を受け取って抱いた。
女は軽く辞儀すると急いで歩いたかと思ったら姿が消えて見えなくなった。
 
赤子は泣きもしないで静かに抱かれていたが、ずーんずーんと大きくなっていく。
「何じょしたべ(どうしたんだろう)」
赤子を見ても 小さいまま静かにしている。
 
「おがしなや」しばらく赤子を見て思案していた。そして考えついた。
身体中がザワーッとして冷や汗が流れた。
「んだ、大きくなってるなでねえっ。目方こ増えてるなだ。
七、八百匁の赤子だと思ってえだば、今なば五貫目ぐれあるな」

 
五郎兵衛が気づいてからも目方は増え続けて、
三十貫、四十貫、五十貫と重くなる。
 
「重でなゃ。重でじゃ」赤子を見たら両眼カーッと開いでにらみつける。
「怪しい女ごに、怪しい赤子、油断されね」
腰から小刀を抜こうとしたが、手が言うことをきかない。
「手もげるじゃ(手が抜けそうだ)」
赤子を下に放そうとした時、女の人が忽然とあらわれた。
 
「兼忠殿。私は産土(うぶすな)の神。
たった今氏子さ大変だ事おきて行って来たす。
これは、さっとだども(ほんの僅かだけれど)お礼だす」

と財布を差しだした。
 
五郎兵衛は断って、赤子を手渡した。
 
「そしたら兼忠殿に力を授けます。武士には力が一番大切だす」
と言うと、産土の神は消えてしまった。
 
お城の勤めを終え、五郎兵衛が顔を洗っていつもの手ぬぐいをしぼったら、
手の中でちぎれてしまった。
新しい手ぬぐいに替えてもバサバサにちぎれてしまう。
 
産土の神は約束どおり、五郎兵衛に大力を授けていた。
画像
大力を授かったのが蛇の崎橋なら、
横手で大評判になった出来事も蛇の崎橋だった。

ある日、人夫数十人で植木の大木を引いて橋を渡ろうとしたが、
枝が欄干にひっかかり動けないでいた。
通りがかった五郎兵衛が人夫たちに注意をしたら、人夫が口応えをした。
 
五郎兵衛は怒って、大木を頭の上まであげると川原に投げとばしてしまった。
 
大木を川原から引き上げるため五十人もの人夫で三日もかかったそうだ。


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レイバン サングラス
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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
 こんばんは☆こねこです♪

 昔々から蛇を神として崇めていたんですね・・・。
 
 今思いついたんですが、蛇が苦手(嫌い)な人ってもしかしたらいつかの先祖が神に背く行ないをしてしまったのでしょうか・・・なんて冗談ですけどね(微笑)。

 ちなみに私は・・・平気です(たぶん:笑)。
 ねこでした。ニャン☆
こねこ
URL
2008/01/12 18:13
今日 なまはげが事件を起こしていませんでしたか?

蛇を神さまとして祀っている場所は沢山ありますね。
見た目とは違って 人々は蛇に何をみつけたのかな?不思議です。
+あい
URL
2008/01/12 19:11
こんばんは( ̄ー ̄)横手は大好きな場所で蛇の崎橋はいつも通るところです。
橋の名前の由来も怪談じみたお話も知りませんでした(^o^;)
小泉八雲がこの話を題材に怪談を書いていたのもおどろきですf(^^;
微笑み
2008/01/12 20:19
蛇の崎橋、きれいな橋になりましたね。
昔は場所ももう少し下流にあって、雰囲気のある橋でした。
河もすっかりきれいに護岸工事され、河の主が棲むと子供心に恐ろしかった渕もなくなりました。

新市街で育った私にとっては、あの橋は正に異界への入口のようで、ちょっとした憧れや冒険心をそそられたものでしたが
ああもスカッとと整備されてしまうと妖しさも趣もなくて、ちょっと寂しいかな。
コマチ
2008/01/13 21:38
☆こねこちゃんへ
 蛇が神聖なものという考えは大昔からあったようですね。手足がないあの姿は独特なものですからね。
 猫が蛇と戯れる場面を想像してしまいました。
★なまはげ
2008/01/14 14:50
☆+あいさんへ
 その事件のことは後ほど。
 蛇はあの独特の姿から畏敬の念を人間に与えたのでしょうか、蛇を祀る神社はかなり多いですね。
★なまはげ
2008/01/14 14:55
☆微笑みさんへ 微笑みさんは昔の蛇の崎橋をご存知ですか?今のように綺麗な橋ではなく今の場所よりも少し下流にあったんですよ。木造の橋で趣はずっとあったのですがねえ。
★なまはげ
2008/01/14 15:05
☆コマチさんへ
 知っていますよ。すぐそばに市役所もありました。横手公園に上るときには必ず通りましたから。
★なまはげ
2008/01/14 15:09

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