★なまはげの独り言

アクセスカウンタ

zoom RSS 藤田嗣治と平野政吉 その3

<<   作成日時 : 2007/10/22 17:00   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 20

それまで平野政吉は、数回、藤田嗣治と面識はあったのです。
藤田嗣治の才能を知り、
将来は秋田に「フジタ美術館」を造りたいと考えていました。

日本人の中で、どんな画商よりも、どんな評論家よりも
藤田嗣治が世界一ということを認めていた男です。

平野政吉の計画は、
秋田の地に於いて、
藤田嗣治に世界一の絵を描かせることだったのです。





世界一の絵を描くことになった藤田嗣治は、
20メートル以上の長さのカンヴァスに
秋田の風物を絵巻にする構想を立てました。

それだけ大きなカンヴァスなどは、
何処を探してもあろう筈がありません。




平野政吉は東京から表具師を呼び寄せ、
大きさ、質ともに最高のカンヴァス十枚を、
麻地の目をつぶして手つぎさせ、
継ぎ目が出ないように、弛みがないように、
これを五枚に作らせたのです。

出来上がったカンヴァスは、
横20.5メートル、縦3.65メートル。
畳の数にして64畳分、
号数にして3700号となる巨大なものだったのです。

仕事場を探すのがまた大変でした。
思案、奔走の挙句、
平野政吉は自家に28棟あった米蔵のうち、
一番大きな土蔵の中を改造して、
そこをアトリエとしました。


これを受けた藤田嗣治は、
「梵天奉納祭り」「竿灯まつり」「かまくらまつり」など、
秋田の四季の風物を静動対照的に描き分けながら、
巨大なカンヴァスに、木炭の下書きをせずに、
直に筆をおろして、15日間174時間の作業時間で描き切ったのです。

まさしく絵の大きさも、製作スピードも、
もちろん絵の完成度どれをとっても世界一の絵が出来上がりました。

画題を『秋田の行事』という作品です。

画像


画像

写真をクリックし、
更に拡大クリックしていただけると、
絵の細部が良く御覧になっていただけます。







画像


左下の写真を御覧ください。

平野政吉美術館の大ホールの
展示風景です。
前列に並ぶ人物と絵の大きさを比較していただきたい。






絵の左端には、
「為平野政吉  嗣治Foujita  一九三七 
昭和十二年 自二月廿一日 至三月七日 
百七十四時間完成」

と記されています。


描き終わったその時、
藤田嗣治は平野政吉にポツリと言いました。

「平野さん、無駄な材料を買わせて申し訳ない」

見ると、紫の絵の具と白いチューブが二個残っていました。
赤が何本、青が何本・・・・・・と、
藤田嗣治が初めに言った何百本の絵の具を用意しただけで、
後にも先にもそのままなのです。

その計画の綿密さに平野政吉は驚きを通り越して、
藤田嗣治を畏怖してしまったのです。

以後、二人は生涯の友誼を結ぶことになりました。




この巨大な絵は、文字通り「不世出の大作」でありました。
蔵の中で枠を組み立て、カンヴァスに固定して描いたために、
これを屋外に持ち出すことが出来なかったのです。

時はあたかも軍国主義の真っ只中。
その軍人から、またその組織から、
この絵を見たいといわれるのが堪らなかった平野政吉。
彼は軍人という言葉を耳にしただけで
虫唾が走るくらい軍人が大嫌いだったのです。

「任侠の道を知らぬ国の喧嘩師どもに、
藤田画伯の絵がわかるか。絵が泣く」

平野政吉は、蔵の扉を固く閉ざして、他見を拒み続けたのです。


この絵が日の目をみたのは、
完成してから30年の後。
戦後も20年以上経った昭和42年(1967年)のことです。

この絵を屋外に出すために、
蔵を取り壊して表に出しました。
さらに、一度出来上がりつつあった美術館の壁をくりぬいて
搬入せざるを得なかったのです。


現在、千秋公園入り口にある平野政吉美術館の
5月5日の開館にあわせたものでした。

美術館には平野政吉が長年に亘って収集してきた、
藤田嗣治の最も活躍された1930年代の作品や、
初期に属する作品などの他に、
世界的画家ゴヤ、マチス、ピカソ、ダリ等々の作品が展示されています。

美術館を訪れると、入り口に平野政吉の挨拶文が掲げられています。
その挨拶文を最後にご紹介して、
今回のシリーズの締めくくりとします。


ごあいさつ

私は幼時から絵が好きで、
少年時代に画家にならんと志望したこともあります。
かたわら、我が国の航空界の黎明期に飛行機の研究に没頭し
自ら操縦桿を握ったこともありますが、
美術への愛着がたち難く戦争中も蒐集を怠らず今日にいたりました。
過去57年間の間蒐集したものは
刀剣、陶器、仏像、仏画、蒔絵、浮世絵、初期洋画、洋画、日本画など
美術全般にわたりますが、
特に世界画壇の一人者藤田嗣治氏とは永年にわたる交友で、
その名作を数多く所有しました。
今回これらの蒐集品の中から601点を厳選し財団に寄付しました。
純粋芸術品を通じて青少年が豊かな人間に成長することを願っています。

昭和45年8月(1970年)創設寄付者 平野政吉






んだば









テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(20件)

内 容 ニックネーム/日時
残った絵の具のチューブが2本!!

これだけの大作を描く前に 必要な絵の具の量がわかっていたというのですか!!
そして 残った2本の絵の具を前にして 無駄な事をさせてしまったと詫びる 二人の心が通じた瞬間ですね。

感動しました。
+あい
URL
2007/10/22 18:36
こんばんは(⌒‐⌒)凄い凄い!こんな凄い絵が身近なところにあったなんていままで知りませんでした(^o^;)今度のお休みに必ず行ってみます。藤田画伯も凄いですが、平野政吉無くして秋田の美術は寂しいものになっていたかもしれませんね。
微笑み
2007/10/22 19:28
こんばんは〜♪
平野氏の藤田画伯への思い入れはすごいですね。どうしても傑作を描いて欲しかったのでしょう。
小さなPCの画面では想像できないほどの大きさ! 本物は圧倒される迫力なんでしょうね。
moon
2007/10/22 20:37
これは凄い! 
描かれている絵が素晴らしい。おまけにギネス級のカンヴァス。
世間の目に触れるまでのエピソードにちょっと感動しました。これこそ,絵を大切に思う心の表われとおもいました。平野政吉さんの心意気は秋田の誇りですね。
閑 客
2007/10/22 21:09
 こんばんは☆こねこです♪

 私もあい母さんと同じ思いです。
 始める前からすでに綿密な計画のもとに絵の具も使われ、ただ最後に残ってしまったことを悔やみ、謝り・・・というのはもう、天才という言葉では表せないの域に達してますね(微笑)。

 とても戦前に描かれた絵とは思えないほど素晴らしい作品だと、言葉を飾らずに褒め称えたいと思います(微笑)。

 ねこでした。ニャン☆
こねこ
URL
2007/10/22 21:36
素敵な〜秋〜芸術の秋ですね!!
解かりやすい^^
秋田の行事〜!!すごいですね!
綺麗な〜絵〜〜^^・・・(^-^)v
いいものが〜観れる!!歴史の背景も〜?
興味が・・わきますね!!ヾ(*^▽^*)〃
かすみ草^^
2007/10/22 21:39
いやいや、この絵をまだ見ていない不見識を恥じたい気持ちです。未来の芸術家が、平野の願いどおり育つといいなと思います。
むうさん
URL
2007/10/22 21:41
☆+あいさんへ
 絵の天才ともなると、そこまでわかってしまうものなんでしょうね。画才のない私には到底まねの出来ないことです。
 藤田は平野の家に数ヶ月滞在することになったのですが、このとき築かれた友情が死別まで、いやそれ以降も永遠と続いていったのです。
★なまはげ
2007/10/22 22:52
☆微笑みさんへ
 是非、この美術館に足を運んでみてください。圧倒されること請け合いです。藤田嗣治の作品の他、ゴアの作品やピカソの作品なども展示されていますから、とても心地よい時間を過ごせますよ。
★なまはげ
2007/10/22 22:57
☆moonさんへ
 事は平野が思った方向へと進んだようですね。しかし、この準備だけで50万円、当時のお金で家が百軒ほど建てられるくらいの費用がかかったそうです。
★なまはげ
2007/10/22 23:02
☆閑客さんへ
 それほど藤田嗣治にほれ込んでいたのでしょうね。平野政吉の豪傑振りには驚かされてしまいます。そして秋田のこのような財産を残してくれたことに感謝します。
★なまはげ
2007/10/22 23:07
☆こねこちゃんへ
 いつか秋田にいらっしゃることがあれば、この美術館にもお連れしますよ。きっとものすごく感動してもらえるんじゃないかな。
★なまはげ
2007/10/22 23:10
☆かすみ草さんへ
 あはは、ご紹介が秋の季節になってしまったのは偶然ですよ。春ころから計画していたのですが、調査がなかなか難しくて時間がかかってしまいました。「芸術の秋」に重なったのは逆に良かったのかな(微笑)。
★なまはげ
2007/10/22 23:16
☆むうさんへ
 いやいや、不見識なのは私の方でした。生まれてこの方こんな素晴らしいもののすぐそばにいながら、これまで知らずに生きてきたことを恥じています。子供達がたくさんここを訪れて、素晴らしい絵に感動してもらいたいものです。
★なまはげ
2007/10/22 23:20
秋田の伝道師「なまはげさん」の圧巻!
嗣治の作品は大好きですが、そんな大作の存在は全く知らず…。それも秋田に在が、嬉しいですね!
是非是非、秋田を訪れなければいけなくなりました。
ありがとうございました。
spiritoso
2007/10/23 09:49
大胆でありながら緻密な芸術家だったんですね。
彼と秋田の祭りというモチーフの取り合わせの妙はちょっとすごいと思います。
第二次世界大戦と藤田との因縁も浅からぬものがあり
それゆえの1970年公開、ということもあったのかもしれません。
必見の価値有りですね!!
コマチ
2007/10/23 17:38
☆spiritosoさんへ
 はじめまして、いらっしゃいませ。
藤田嗣治の作品はかなり多く収蔵されていますよ。何よりこの大きな「秋田の行事」を御覧になってください。これを見ずに藤田の絵を語るな!)!ですよ(笑)。
★なまはげ
2007/10/23 18:23
☆コマチさんへ
 戦争と藤田嗣治の因縁についてお詳しそうですね。今回のシリーズではあえてその部分を外していたんですよ。美術館の建設が遅れたわけは、著作権をお持ちの奥様の許可がなかなかいただけなかったのが大きいようです。その中の一つに戦時中に受けた扱いに対する反発もあったのでしょうね。当初、「フジタ美術館」との予定でしたが、名前は最後まで反対されていて「平野政吉美術館」で落ち着いたのです。
★なまはげ
2007/10/23 18:30
 初めまして秋田市在住のharropageと申します。
 移転の方向に決まってしまったこともあり、平野政吉美術館に行ってきました。30年以上前に見た時と違い、「秋田の行事」の素晴らしさに触れることができました。帰宅してからなまはげさんのブログを読ませていただいて、さらに感動いたしました。
 「蔵の扉を固く閉ざして、他見を拒み続けた」理由も分かりました。
 私のブログのエントリー内で、なまはげさんのエントリーにリンクをさせていただきました。ご迷惑がかかるようなら削除いたしますので、宜しくお願い申しあげます。
harropage
URL
2008/03/25 09:01
☆harropageさんへ
 ご訪問ありがとうございます。私は美術館が新しくなったらそちらの方に行って見たいと思っていました。
 私のブログで少しでもお役に立てたとしたら、これほど嬉しいことはありません。またたまに立ち寄ってみてくださいませ。
★なまはげ
2008/03/25 17:52

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
藤田嗣治と平野政吉 その3 ★なまはげの独り言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる