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zoom RSS 藤田嗣治と平野政吉 その2

<<   作成日時 : 2007/10/21 11:13   >>

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藤田嗣治が初めて秋田を訪れたのは昭和11年(1936年)です。

そのとき藤田嗣治は51歳。
世界の舞台では押しも押されもしない大巨匠としての地位を確保していました。

秋田を訪れた目的は、
日本政府の肝いりで日本各所を巡り、
欧米に日本の紹介映画を製作する仕事としてでした。

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一夜、藤田嗣治の歓迎の宴が秋田市内の料亭で開かれたのでした。

県主催のその席の末席には、
前年家督を継いだばかりの40歳の平野政吉も座っていたのです。

大広間に秋田の名士がずらりと居並ぶ中、
歓迎の挨拶が一通り終わると、
おかっぱ頭にロイド眼鏡をかけ、
派手なチェックのブレザーに身を包んだ藤田嗣治がおもむろに立ち上がり、

「私は、みなさよくご存知のように、
いささか自負するところのある大芸術家であります。
私は1922年、ヴァチカン宮殿で、
今世紀に於ける世界第一の大芸術家、
大日本帝国『フジタツグジ』

(本名は「ツグハル」なのだが「ツグジ」と読まれることが多かったので、
いちいち言い直すのが面倒だったそうです)

の名に於いて、ローマ法王ベネディックス15世に、
単独謁見の栄にあずかったのであります。
またエリーゼ宮殿で、フランス大統領に勲章を授与され、
ベルギーの皇帝からもまた芸術の最高勲章を受けたのであります。
さらに・・・・・・」

とうとうとまくしたてる藤田嗣治に向かって、
末席の平野政吉が、
一見、唐突にこれを制した。
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「あんた、面白いじゃないか」
そう言うと、五尺二寸の小柄な身体に
着流しの平野政吉が弾みをつけて立ち上がり、
のっしのっしと重みをつけ、大股で、
床の間を背にした藤田嗣治の前まで歩み寄り、
ピタリと藤田の面前に正座して、口火を切りました。


「ただいま先生は、大変欣快に堪えぬことをおっしゃいましたな。
今世紀に於ける世界第一だとか、
大日本帝国の藤田だとか・・・・・。
しかし、わしらは決して先生を世界一の大芸術家だとは思っておらん。
なぜなら、わしらは先生の描かれた世界一の絵を、
ちいとも見てはおらん。」


画像

耳目が集まる中、平野政吉は更に言葉を続けた。
「もし、本当に自分もそう信じて疑わない自信があるのなら、
世界一の証拠を見せていただこうじゃありませんか。
証拠がどうしても見せられないのなら、
先生は世界一の大芸術家なんてものじゃない。
世界一の大ボラ吹き、大詐欺師だ。
なあ先生、東京でならいざしらず、
秋田に来たら、見え透いた嘘は言わん方がいい。
あんた、田舎者揃いだと思って人を舐めることをするなら、
舐めてもらってもいいよ。
まず、私のこれを舐めてくれ。」

と言うが早いか、平野政吉は藤田嗣治に尻を向け、
着衣の裾を捲って、一発、屁をひった。

画像
藤田嗣治は平然と切り返した。
「あなたは呑みっぷりもいい。度胸もいい。
が、なかみが出なかったのは失敗でしたね。」

すかさず、平野政吉は畳み掛けて言った。
「さあ、先生、
世界一の絵を描く男と、
世界第一の記録を目指す男との決闘だ。
もし嫌と言われるなら、命を戴きます。」

そして、手元にあった火鉢の火箸を座敷の畳にブスリと突き刺したのです。

知事をはじめ、居並ぶ秋田のお歴々は、呆気にとられ、呆然と、
ただ事の成り行きを見守るばかりでありました。

満場、しばし、水を打ったように静まり返った後、
藤田嗣治がおもむろに言い放った。

「それだけの覚悟と、それなりの準備をするなら描きましょう」

それからが、二人の「勝負」であったのです。




おやおや今日も続きのスペースが無くなってしまいました。

藤田嗣治が平野政吉に対して、
世界一の絵を描いて見せることは出来たのでしょうか?


実は平野政吉はこれ以前に、藤田嗣治の作品を大いに気に入って、
何枚もの絵を購入していたのです。
その才能も看過していたのですが、
何も価値を知らぬ名士たちにもてはやされ、
天狗になってしまった藤田嗣治に渇を入れたのでしょうか?


平野政吉の狙いと、藤田嗣治の必死の反撃は・・・・

明日もこの続きをお楽しみに!!



(今日の挿絵は文中の記事とは関係ありません。
藤田嗣治の作品の紹介と言うだけです)


んだば






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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
 こんにちは☆こねこです♪

 二人ともすごい度胸ですね!
 出すほうも出すほうなら、返すほうも返すほうですね(笑)。

 このあとどうなったのか、とても気になります。
 芸術家はどこか変わってるところがあるみたいですが、この場合もそうなのでしょうか。楽しみです♪

 ねこでした。ニャン☆
こねこ
URL
2007/10/21 16:56
こんばんは(⌒‐⌒) お二人の会話が迫力あって、ハラハラドキドキしながら読み進みました。このあとの進展が気になります。(^_^;))) 途中の絵もどれも素敵なものばかりですね。さすが世界で認められた巨匠ですものね。(゜゜;)\(--;)明日も楽しみにしています。
微笑み
2007/10/21 18:15
臨場感あふれる描写で,二人の気合いが良く伝わってきます。やはり,昔の人は腹が坐っていますねぇ。感服しました。
続きを早く読みたいー。
閑 客
2007/10/21 20:09
こんばんは〜♪
藤田嗣治氏は有名な画家だって事は知ってましたが 秋田とそんな関わりがあったとは知りませんでした。平野氏もすごい度胸ですね! この続きはどうなるのか楽しみにしています♪
moon
2007/10/21 21:12
☆こねこちゃんへ
 芸術家という人には、奇人と言われるような方が多いようですね。ご自分の世界観をお持ちですから周りから見ていると異次元の世界にいるのかもしれませんね。明日の続きをお楽しみに!!
★なまはげ
2007/10/21 22:46
☆微笑みさんへ
 今の世ではこれほどの豪傑はいないかもしれませんね。平野政吉の肝の据わり方も凄いと思いましたよ。このあと藤田は・・・・。。明日のお楽しみでした。
★なまはげ
2007/10/21 22:51
☆閑客さんへ
 今日の場面では省略できるところが少なく、まとめるのに苦労しました。この跡どうなるのか、明日観にいらしてくださいね。
★なまはげ
2007/10/21 22:55
☆moonさんへ
 このシリーズのお話は以前から紹介したいお話だったのですが、なかなかまとめ切れなかったのです。明日のお話も是非御覧になってくださいね。きっと世界一の絵を御覧になれますよ。あっ!これ秘密でした。
★なまはげ
2007/10/21 23:00
最初の藤田の挨拶を読んで なんて鼻持ちならない嫌味な男なんだろう!!って思いました。
次の平野氏の行動が また何とも言えないくらい痛快 この続きが待ち遠しいですよ。
+あい
URL
2007/10/22 09:25
なまはげさんはどれだけたくさんの資料を持ち合わせていらっしゃるのだろうかと感心しながら読ませていただきました。
作文能力に富んでいらっしゃいますね。
本箱やら蔵には収集された資料の山なのでしょうね。
明日の記事も楽しみにしています。
そしてこの創作力に乾杯です。
Tatehiko
2007/10/22 11:07
☆+あいさんへ
 戦前の偉い方々の挨拶には、このような自慢話から入るのが多かったようですね。今じゃ誰も聞いてくれないでしょうが(爆)。平野の啖呵は書いていても気持ちよかったですよ。
★なまはげ
2007/10/22 18:26
☆Tatehikoさんへ
 我が家には本棚も蔵もありませんよ。資料などは図書館で借りてきていますし、今はインターネットで何でも調べられる時代ですから。
★なまはげ
2007/10/22 18:30
いいですねえ。こういうのを豪放磊落というのでしょうね。秋田の人のプライドも見事です。
こういう元気さが、昔もいまも秋田を元気にしてくれるんでしょうね。
むうさん
URL
2007/10/22 21:36
☆むうさんへ
 秋田の土壌にはプロレタリア的思想があります。反体制思考とでも言いましょうか。ただお上から言われたことをはいはいと素直に聞いているばかりの県民性ではないみたいですね。まあ、平野のような人物は少なかったでしょうが。
★なまはげ
2007/10/22 21:57

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