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zoom RSS 藤田嗣治と平野政吉 その1

<<   作成日時 : 2007/10/20 16:48   >>

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朝から冷たい雨が絶え間なく降り続いている秋田市です。


ちょっとした調べ物をしていたのですが、
これまで大きな勘違いをしていたことに気付きました。

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世界的な絵画の巨匠の藤田嗣治(ふじたつぐはる)
という人物を皆さんはご存知でしょうか?


これまで私は、この藤田嗣治は秋田出身だとばかり思っていたのですが、
実は房州長尾藩(静岡県)の家老の家柄で、
明治19年(1886年)東京都で生まれたのでした。


なぜ私が彼を秋田出身者と思い続けていたのかというと、
秋田で生活しているとそれほど彼の絵画に触れる機会が多く、
彼の名前もちょくちょくと見聞きする頻度が多いためでしょうか。



世界的にピカソと並び称されているこの画家は、
残念ながら自国日本ではその評価はごく最近まで低かったのです。

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個人の独自性を認めようとしなかった閉鎖的な日本の美術界。
そんな日本に嫌気が差した藤田は新婚の妻を一人東京に残したまま、
フランスへと旅立ってしまいます。


藤田がフランスで見たものは、
日本にはなかった自由な画風を受け入れてくれるパリの人々、
女性たちが普通に働き高い教養も受けていること、
国民が画家というものに尊敬を持ってくれることなどなど、
日本では考えられない、まさに彼の理想の国だったのです。


彼の作品はフランスをはじめとする欧米で高く評価され、
ローマ法王ペネディックス15世に単独謁見を許されるまでになりました。
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晩年にはフランス国籍を取り、
カトリックに入信して名をレオナルド・フジタとしました。
その受洗の記念に友人のシャンパン会社の社長の拠金を得て、
ランス大聖堂のノートルダム・ド・ラ・ペ礼拝堂を建て、
設計から壁画の製作、ステンドグラス、
彫刻、芝生の石の構成まで全てを自分の思い通りに作りました。








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昭和43年1月、
スイスのチューリッヒで死去した藤田は、
五日後、このランス大聖堂で葬儀が執り行われ、
自らが作ったこの礼拝堂に遺体は安置されました。

この藤田の葬式にはるばる日本から紋付羽織袴に身を正して参列した、
一人の男がいたのです。

秋田の郷紳・平野政吉でした。

平野政吉は、戦前米穀商と金融業を兼ねる大地主で、
一時期、秋田県第一級の多額納税者でした。
その額は、秋田県土崎町(現在の秋田市土崎港)の
年間予算を上回ったこともあるそうです。


秋田市の千秋公園入り口には、
平野政吉美術館というところがあります。
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この美術館はその名の通り、
平野政吉がその生涯に集めた数々の美術品の中から
601点を寄贈し出来た社会財団で、
その中に藤田嗣治の作品が102点を占めています。

藤田嗣治と平野政吉との出会いと友情、
数々のエピソードなど、
藤田と秋田が関わっていったいきさつなど、
彼の作品も紹介しながら
明日のお話とします。
お楽しみに!!





んだば






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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
素敵な絵ですね こういう画風好きです!

この藤田嗣冶さんの事は あまり知りませんので 明日の記事が楽しみです。
+あい
URL
2007/10/20 17:52
 なまはげさん、どうもです (^^)/

 確かに、日本では芸術家に対する評価は低いですね (^^;
 中でも画家はかなり低いと思います。
 自分の子供が画家になりたいとか言い出したら、たいていの親は諦めてサラリーマンにでもなるように説得したりするんじゃないでしょうか (^.^ゞポリポリ
 音楽家だったら、まだ認める親は多いと思いますが・・・
夢見るピーターパン
URL
2007/10/20 18:32
 こんばんは☆こねこです♪

 お名前は知ってるんですけど、どんな絵を描いていたのか知りませんでした・・・。

 でも、この絵を見てピカソと並ぶ賞賛を受けていたのが納得できます(微笑)。

 絵だけ見ててもフランスという感じがしますね。
 明日の記事も楽しみです♪

 ねこでした。ニャン☆
こねこ
URL
2007/10/20 20:37
藤田嗣治さんの名前は存じていました。でも秋田に平野政吉美術館があって,そこに102点も所蔵されていることは知りませんでした。ですから,明日が楽しみです。
閑 客
2007/10/20 20:49
こんばんは(⌒‐⌒)名前は聞いてました。まだ藤田さんの絵を見たことはありませんでした。平野政吉と藤田の関わりがどんなものだったか興味大有り。
微笑み
2007/10/20 23:19
青山のユニマット美術館で藤田さんの作品をたくさん見られますので、ときどき見に行きますが
秋田に縁のある方だとは知りませんでした。
女性に対する深い愛情を表現されるのが得意な方なのかなあという感じがしますね。
コマチ
2007/10/21 09:43
☆+あいさんへ
 一番上の絵は藤田嗣治が晩年に描いた「カフェ」と言う題の絵です。実はこの絵にはこだわっていたようで、同じ絵がもう一枚存在しているのです。最初の絵の発表から15年の歳月をかけて描きなおされたものなのです。
★なまはげ
2007/10/21 11:33
☆夢見るピーターパンさんへ
 昔の日本の美術界には「こうでなければならない」と言うような型があったようですね。それ以外のものは認めないと言う風潮もあったそうです。そんな堅苦しい日本に愛想を尽かして藤田は日本を捨てたのです。それが世界で羽ばたくきっかけになったのですから、面白いことと言えますね。
★なまはげ
2007/10/21 11:41
☆こねこちゃんへ
 このシリーズの中で、彼の作品をいくつかご紹介していきたいと思っています。実際に彼の作品に触れてみると、その才能ぶりに驚かされてしまいます。
★なまはげ
2007/10/21 11:45
☆閑客さんへ
 秋田と藤田嗣治の関係はとても深いものがあります。今回これを調べていて、藤田嗣治の世界にどっぷりと嵌ってしまいました。そんな思いがブログで伝わるといいのですが。
★なまはげ
2007/10/21 11:49
☆微笑みさんへ
 いつも応援ありがとうございます。私もこの話題を取り上げようと思うまでは、そんなに彼の作品を注意していたわけではありませんでした。今は藤田嗣治の世界に嵌っています。一度平野政吉美術館に足を運んでみてください。迫力に圧倒されますよ。
★なまはげ
2007/10/21 11:53
☆コマチさんへ
 藤田嗣治の作品には女性のエロチシズムと奥深さが感じられます。動物、特に猫を題材にしたものも多いようですね。秋田との関わりがどんなものだったか、この後の記事も御覧になって感想をいただけると嬉しいのですが・・・。
★なまはげ
2007/10/21 11:58
なるほど。おはずかしながら、千秋公園に美術館があるのは知っていながら、経歴などは存じてませんでした。それでもわざわざ、秋田から葬儀に参加した平野政吉も興味深いですよね。秋田人の先見性を感じます。
むうさん
URL
2007/10/22 21:30
☆むうさんへ
 実は私も今年に入るまで、ここを訪れたことはありませんでした。春に初めてここに入り、あまりの素晴らしさに声を失いました。もっと早く記事にしたかったのですが、下準備に多くの時間がかかってしまいました。
★なまはげ
2007/10/22 21:53

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