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zoom RSS 千古の歴史を刻む道 その1

<<   作成日時 : 2007/07/12 17:03   >>

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皆さんご存知のように、
東北地方は背骨のように真ん中を奥羽山脈が南北に走っています。
福島から青森まで山脈は続き、
陸路から山形と秋田に行くためには
深く険しい山なみを越えなければたどり着くことは出来ません。

今でこそ山脈越えの国道はたくさん通り、
高速道路ではあっという間の山脈越えになります。

しかし国道がまだ未開通だった頃までは、
どのようなルートがあったのか・・・・・・

陸奥(むつ)と呼ばれていた福島から青森までの太平洋側と、
出羽(でわ)と呼ばれていた山形と秋田の日本海側。
同じ東北ではありますが、文化の伝達の違いなども大きかったようです。


歴史の中に華々しく登場する出羽の軍が陸奥に攻め入った前九年の役、
逆に後三年の役では、源八幡太郎義家が出羽に軍を進めます。
また、江戸時代には岩手県が大冷害で飢饉に苦しんだ時には、
秋田から大量の米が飢饉救済のため奥羽山脈を越えて届けられています。
明治の始め戊辰戦争では、
政府側に付いた秋田を仙台藩が攻め入っています。



が、これらの出来事は、
現存する道路ではなく別のルートでの歴史だったのです。



では、その別のルートとは・・・・・・・

画像



千年の歴史を持つ重要なルートが、
大正時代、北上・横手間の平和街道(現国道107号線)が開通すると、
それまでの役目を終えたように地図から消えてしまいました。


「昔の道は消えてしまったが死んだのではない。
瞬間的に消えてしまう道は、
次々と新しい生命のなかに受け継がれて蘇ってくる。
人々の生きた証を辿る道を通して
そこをどんな人生が流れていったか、
人間という久遠の旅行者の永遠に果てない夢がそこに埋もれていて、
皆んなまた、それを繋いで流れていく一人だ」

(藤森栄一、古道より)




その道とは、
「仙北街道」と呼ばれ、
秋田県東成瀬村手倉から岩手県胆沢(いさわ)町下嵐江(オロセ)に至る
原始林の中を進む24キロに及ぶ道でした

道幅はおよそ九尺(2.7メートル)もあったといいます。
歴史書の中にその昔、街道の大改修が計画されたことがあるそうです。
牛馬も楽に通れるように、道幅を広げ難所を迂回する改修工事でした。
しかしこの計画は頓挫してしまいます。
改修工事さえ出来ないほど険しかったからこそ
昔の古道そのままが今現在まで残されているのです。
今現在ブナの原始林が続くこの山中に、
古道の姿そのままに残されているというのは奇跡に近いことかもしれません。



難所が幾つも存在するコースですが、
平成2年、岩手県胆沢町愛宕公民館と秋田県東成瀬村公民館が共同で、
消えた道の歴史のロマンを追う活動が始まりました。
画像
平成8年には東成瀬村で「仙北道を考える会」が、
平成10年に胆沢町で「仙北街道を考える会」が結成され、
現在も古道の整備などを通して両町村が交流しています。
胆沢町で毎年11月行われている
「仙北街道駕篭道中駅伝大会」
胆沢町8チームと東成瀬村1チームが参加しています。


画像
数百年のブナの森と険しい峰に刻まれた古道、
苔蒸した山神の石碑・・・・・・


千古の歴史を刻む古道のロマン。
幻の仙北街道を辿る旅を
今日から4回シリーズでご紹介したいと思います。








んだば













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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
 こんばんは☆こねこです♪

 やはり、人の想いが込められたものはやむなく消したとしても、必ず復活するんですね。

 今の世の中は利便性、合理性、経済性が追求されるのでこの道が高速道路に次ぐような道になることはないと思いますが、人々の心の中には幹線道路と同じなんですね(微笑)。

 ねこでした。ニャン☆
こねこ
URL
2007/07/12 19:27
いい話ですねぇ。
ブナの原生林の中をたどる古道…,薄暗くて,ひんやりとした落葉道を想像すると,歩いてみたい気持ちが高まります。整備事業が成功するといいですね。
閑 客
2007/07/12 20:11
仙北街道。よみがえるといいですね。
ぼく誤解していて、稲庭から小安峡をこえて、山越えする道ではないんですよね。
むうさん
URL
2007/07/12 21:11
☆こねこちゃんへ
 今日からのシリーズはちょっとむずかしいお話になっているかもしれません。この道が文献に登場したのは西暦776年ですから1230年位前ですね。当時奥羽と陸奥を結ぶ道は、全部がこのような山を渡り歩く道ばかりでした。その中でこの仙北街道が一番距離が短く、楽なコースだったと考えられます。
★なまはげ
2007/07/12 21:29
☆閑客さんへ
 今日はさわりの部分の写真しか載せていませんが、明日からは実際の古道の写真が登場します。写真からも充分原始林の中を通る雰囲気が楽しめると思っています。
★なまはげ
2007/07/12 21:33
☆むうさんへ
 稲庭から小安を通り宮城に抜ける道があったとしても、越えなければならない山や谷は相当の数になってしまいます。稲庭からだと河原毛地獄を横切り、鬼首を通って鳴子に抜ける道の方が短くて済みそうですね。鳴子の山越えも相当きつそうですが・・・・。。
★なまはげ
2007/07/12 21:39
道が消えていくのは忍びない、、、
こんなに大規模な街道じゃなくって、昔の山道、峠道は、トンネルが整備されて、どんどん消えていっています。TBした道は、当時は通れたのですが、先日行ったときには、もう通る勇気がありませんでした。
道が消えていくのは、便利なことなんでしょうが、ホントに寂しい。
猫姫少佐現品限り
URL
2007/07/13 17:12
☆猫姫さんへ
 今バイパス工事などで、昔の道が部分的に短縮されたりして消えてしまったところもありますね。ガードレールやトンネルなどで昔の面影だけが残っていたりします。道路がどんどん整備されるのはいいことですが、風情も一緒に消えてしまいますね。
★なまはげ
2007/07/13 19:23

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