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zoom RSS ダンブリ長者(後編)

<<   作成日時 : 2006/12/21 09:00   >>

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昨日のお話しの続きになります。
もし、まだお読みになっていない方はここをクリックしてください。


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太郎夫婦が平間田に暮らし始めて数年が経ったある日のこと、
いつものように二人は畑に出て働き昼休みをしていました。
太郎は疲れてうとうとと寝入ってしまいました。
ちょうどそのとき、
どこからともなく一匹のダンブリ(とんぼ)が飛んできて、
太郎の唇に尾を付けてどこかに飛んでいき、
また戻っては同じことを繰り返しました。
そしてそのつど
「朝日夕日の輝くところに泉湧いている」
というささやきが聞こえました。


その声にふと目を覚ました太郎は、
「今ここに誰か来なかったかい?」
と徳子に聞きました。
「いや、誰も来なかったよ。ただ、あなたの唇にダンブリが一匹飛んできて
 唇に尾を付けて飛んで行き、また戻ってきて同じことを繰り返しましたよ」

と徳子は答えました。
「ああ、そうだったのか。
 俺は今、生まれてから飲んだこともない甘い酒を飲んでいた夢を見た。
 今もその味が口に残っているようだ」

と、太郎は唇を舐めまわしました。
「もしかしたら神様のお恵みかもしれない。
 ダンブリの行方を追ってみよう」

と夫婦連れ立ってダンブリの飛ぶ方へ行ってみました。

するとそこには一筋の滝があり、
無数のダンブリが飛び回っていました。
太郎はその滝の水をすくって飲んでみると、
それはなんと先ほど夢で飲んだ酒と全く同じ酒でありました。

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この酒は神様が私どもに与えてくださったものだろう、
と感謝しながら水桶に汲んで家に帰り、
お酒の好きな父親に飲ませました。
するとどうでしょう、父親の顔から皺が無くなり、
頭髪から白髪が黒くなりました。
曲がっていた腰も真っ直ぐに伸び、
父親は若い時の姿に戻ってしまいました。

この話はたちまち広がり、
金銀など珍しいものと交換してもらう人が後を絶たず、
太郎一家は国一番の大金持ちになりました。


今までの長い間の貧乏暮らしは全く嘘のような
幸せな毎日の暮らしが続きました。
しかし太郎一家に唯一つ不足なのが子供が無かったことでした。
夫婦は神様に七日間お祈りをしました。

一年後、夫婦の間に玉のような女の子が生まれました。
夫婦は「桂子」と名付けました。
桂子は大きくなるにしたがい、美しく、いろいろな才能に長け、
国中の若者の憧れの的になりました。
この話はいつの間にか都にも届いていました。

ある日、郡司から太郎夫婦の元へ知らせがあり、
桂子を都に上がらせ宮中に仕えさせるようにとのことでありました。
折角授かった一人娘と別れて暮らさねばならないことを、
夫婦は悲しみましたが、支度を整え都に連れて行きました。

都に着くと直ちに宮中に呼ばれ、帝(天皇)にお目通りが許されました。
帝から
「長い旅路ご苦労であった。
 桂子は吉祥姫と名を改め、宮中に仕えるように。
 太郎には『ダンブリ長者』という称号を与える。」

とのお言葉がありました。
太郎は長者の称号を貰った喜びよりも、
娘と別れて暮らす寂しさを胸に家路につきました。

家に戻ると、村中が長者の称号をいただいたお祝いをしてくれました。
酒盛りは七日七晩続きました。
余興として、
籾押し・幡揚げ・神子舞い・神名手舞い・曼陀羅振り・権現舞い・
駒舞い・鳥遍舞い・鳥舞い・五大尊舞い・工匠舞い・田楽舞い

の十二の舞いが披露されました。

それから暫くして、百十歳で父親が亡くなりました。
それから何年かが過ぎました。
太郎も徳子も年老いていきました。
太郎は死の間際、日ごろ信頼していた四人の頭を呼んで
「自分の死を都の吉祥姫に伝えてくれ。
 また、これまでのように良く努めて、この家が長く続くように頼む。
 亡骸は小豆沢の父親のそばに葬ってもらいたい」

と遺言を残し、死んでしまいました。
徳子も数ヵ月後、あとを追うように亡くなってしまいました。
夫婦の亡骸は遺言どおり小豆沢に葬られました。

都の吉祥姫は両親の死をたいそう悲しみました。
帝は、
「これまで両親のそばに居て孝行できなかったことは残念だろう。
 父母の徳を後の世に伝えるとともに、
 長者が信仰しておられた神を祭ることも孝行の一つだろう」

と、国司に命じて小豆沢にお宮を建てました。
これが今の「大日堂」です。

毎年1月2日に先にあげた十二の舞いが奉納され、昔を偲ばせます。
都の吉祥姫も亡くなった後は父母の墓の近くに葬られました。
都から持ってきたイチョウの枝を墓に立てたところ、
大きなイチョウの木に育ち、
吉祥院の境内に茂っているイチョウとのことです。




明日は毎年1月2日に奉納され続けている、
「大日堂舞楽」をご紹介します。





んだば




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神々の舞い 大日堂舞楽
参考記事  ダンブリ長者(前編) ダンブリ長者(後編)    ...続きを見る
★なまはげの独り言
2006/12/22 17:13

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
夢に出てくるお告げというのを聞いてみたいものです。
最近 夢を覚えてないので どんな夢をみたかわかりませんが 悪い夢なら 多分覚えていそうな気がするので 多分 夢見てないのかも・・・

+あい
2006/12/21 17:25
こんばんは♪
今日は「ダンブリ」が出てきましたね(^^♪ 昨日は 藁しべ長者的な話になるのかと想像していたのですが…違いました(^_^;) いろいろないわれを知った上で見ると 十二の舞いももっと素敵に見れるのでしょうね。 
moon
2006/12/21 20:14
関係者が皆いなくなるなんて,ちょっと寂しい気がします。でも,そのために話にリアリティが醸し(かもし)出され,記憶に残る話となりました。
素敵な話でしたね。昔話を読ませてもらうたびに,秋田って凄いところだと讃嘆してしまいます。
閑 客
2006/12/21 21:17
☆+あいさんへ
 私も夢はほとんど覚えていません。一度で良いから神様のお告げを聞いてみたいものです。無信心な私には縁のない話でしょうが・・。
★なまはげ
2006/12/21 21:54
☆moonさんへ
 昨日と今日のお話は明日ご紹介する「大日堂舞楽」のための前振りです。このお話を知っているのと知らないのでは「大日堂舞楽」そのものの価値がだいぶ違ってしまうので、ご紹介しました。昨日今日、通して読んでくれてありがとうね。明日の記事も楽しみにしてください。
★なまはげ
2006/12/21 21:59
☆閑客さんへ
 昨日今日のお話は「大日堂舞楽」の紹介には欠かせないお話でした。明日ご紹介する記事も楽しみにしていてください。
★なまはげ
2006/12/21 22:02
吉祥姫は国司に命令ができるほど、えらくなったのですね。でも、一度も里帰りはかなわなかったのでしょう。みちのくと都の距離感を感じさせるお話ですね。
むうさん
URL
2006/12/21 22:32
☆むうさんへ
 吉祥姫は帝(継体天皇)と結婚し皇后になりました。その死後、大日堂近くに「吉祥院」というお寺が建てられそこに埋葬されました。このとき植えられたイチョウは老木となり今では切り株だけになっていますが、大切にお堂の下に保存されています。
★なまはげ
2006/12/21 23:00

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